2018年11月04日

心を強くして

「お立ちください。あなたにはなすべきことがあります。協力いたしますから、断固として行動してください」(エズラ10:4 新共同訳聖書)。
教団のあることで、どうしようかと思っていたとき、日めくりのカレンダーに書かれていたこのみ言葉を見て、ハッとしました。口語訳聖書では、「立ちあがってください、この事はあなたの仕事です。われわれはあなたを助けます。心を強くしてこれを行いなさい」となっていました。また、新改訳聖書ではこう訳されていました。「立ち上がってください。このことはあなたの肩にかかっています。私たちはあなたに協力します。勇気を出して、実行してください」。
 私は、これらのみ言葉に背中を押されるような思いで、ある提案をしようと思いました。ところが、直前になって、まさに協力者が現れたのです。本当にびっくりしました。そして、私が思っていた以上のことが、そこで実現していったのです。み言葉に導かれて、一歩、踏み出す時、神さまは必要な助けを与えてくださるのですね。神さまは生きて働いておられるということを、いまさらのように実感したことでした。感謝!(島津)
posted by グロリアスチャペル at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年10月28日

なぞ

 詩篇78篇2節に「いにしえからの、なぞを語ろう」という言葉があります。どんな「なぞ」なのでしょうか。
 詩篇78篇は、詩篇119篇の次に長い詩篇だそうですが、ここで繰り返し語られていることは、イスラエルの民が、神さまが与えてくださる様々な恵みの御業にもかかわらず、すぐにその恵みを忘れてしまい、神さまから心が離れ、自分勝手な方向に行ってしまう姿です。イスラエルの民は、荒野で水がないと言って文句を言いました。すると神さまは、岩から水を湧き出させてくださいました。食べ物がないと言って文句を言うと、神さまはマナを与えてくださいました。それにもかかわらず、民はその恵みを忘れてしまいます。「幾たび彼らは野で神にそむき、荒野で神を悲しませたことでことであろうか」(40)と言われています。
 イスラエルの民は、なんて不信仰なんだろうと思いますが、いえいえ、これが私の姿なのだと、思うのですね。「しかし」、なのです。「しかし神はあわれみに富まれるので、彼らの不義をゆるして滅ぼさず」(38)。神さまのあわれみは何と大きいのでしょう!これこそが、「なぞ」なのだと思います。人間の常識をはるかに超えた恵み。人間には「なぞ」としか言いようのない恵みによって、私たちは生かされているのです。(島津)
posted by グロリアスチャペル at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年10月21日

主のみわざを思い起こす

祈祷会で、詩篇77篇を読みました 。この詩人は、大きな苦しみの中で 、「わが魂は慰められるのを拒む 」(2)と言っています。あまりにも大 きな苦しみのゆえに、人がかけてく れる慰めの言葉にも、心を閉ざして しまっていたのです。
彼は言うのです。「わたしは夜、 わが心と親しく語り、深く思うてわ が魂を探り、言う、『主はとこしえ にわれらを捨てられるであろうか。 ふたたび、めぐみを施されないであ ろうか。』」(6~7)と。自分の心の 中に何があるのかを探ることは必要 です。しかし、そこだけに留まって いると、暗い深みに落ち込むことで 終わってしまいます。
彼は自分の内側に向いていた目を 、神さまの方に向けました。「わた しは主のみわざを思い起こす。わた しは、いにしえからのあなたのくす しきみわざを思いいだす。わたしは 、あなたのすべてのみわざを思い、 あなたの力あるみわざを深く思う 」(11,12)。ここに、「思う」という ことが繰り返されています。何を思 ったのでしょうか。「主のみわざ 」「くすしきみわざ」「すべてのみ わざ」「力あるみわざ」です。その とき、彼に信仰が戻ってきました 。「われらの神のように大いなる神 はだれか」(13)と言って、苦しみの 中から立ち上がることができたので す。(島津)
posted by グロリアスチャペル at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年10月14日

知恵のある者を叱れ

 箴言9章7〜9節にこう書かれていました。「嘲る者を戒める者は、自分が恥辱を受け、悪しき者を叱る者は、自分が傷を受ける。嘲る者を叱るな。彼があなたを憎まないために。知恵のある者を叱れ。彼はあなたを愛する。知恵のある者に与えよ。彼はますます知恵のある者となる。正しい人を教えよ。彼は洞察を深める」(新改訳聖書)。
 箴言の中には、面白いというか、ハッとさせられるみ言葉がありますね。私にも、間違っていることを正そうとして、言えば言うほど、相手は頑なになり、反発し、その人との関係が難しくなってしまったということがありました。箴言は、まず、相手がどういう人なのか、どのような状態なのか、それをよく見極めるようにと言っているのだと思います。
 それと合わせて、このみ言葉は、神さまと私との関係についても言っているのではないかと思いました。み言葉を聞いても、はねつけるような心になっていないか。み言葉を聞き、素直に受け入れる、柔らかい心になっているか、と問われているように思いました。
では、知恵のある者とは、どんな人のことなのでしょう。「心の貧しい者」というみ言葉が心に浮かびました。心の貧しい者に、神さまは恵みを注いでくださるのですね。(島津)
posted by グロリアスチャペル at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年10月07日

わたしはその柱を堅くする

 今年は、地震、集中豪雨、台風と、日本列島を災害がこれでもかというように、次々に襲いました。今も、台風25号が日本海を北上中です。
 そんな中で、祈祷会で詩篇75篇を読みました。3節に「地とすべてこれに住むものがよろめくとき、わたしはその柱を堅くする」とありました。台風の強風で揺さぶられるとき、地震で、まさに大地が揺れ動くとき、しっかりと堅く立つ柱があったら、どんなに助かることでしょう。私たちが人生の嵐に見舞われて、よろめくようなとき、主ご自身が柱となって、支えてくださるというのです。何という感謝なことでしょう。
 また、1節にはこう記されています。「神よ、われらはあなたに感謝します。われらは感謝します。われらはあなたのみ名を呼び、あなたのくすしきみわざを語ります」。ここで、「あなたのみ名を呼び」とあるところを新改訳聖書は「あなたの御名は近くにあり」と訳しています。どんなときにも、主は私たちの近くにいてくださるのです。だから、すぐに「呼ぶ」ことができ、また答えていただくことができるのです。そこから、感謝が生まれてきます。
 75篇は「感謝」から始まり「喜び」(6)で閉じられています。主がそば近くにいてくださり、柱となって支えてくださるからです。ハレルヤ!
(島津)
posted by グロリアスチャペル at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月30日

昼も、夜も、あなたのもの

 祈祷会で、詩篇74篇を読みました。バビロンによってエルサレムの町も神殿も徹底的に破棄されてしまった中で祈られた祈りだと言われています。
 1節に、「神よ、なぜ」、「なぜ」、と訴えています。そして、9、10節には、「いつまで」、「いつまで」と繰り返し、神に問うています。期間が区切られていたら、そこまでの辛抱と思って耐えられるかもしれません。しかし、先が見えない中で苦しみに耐え続けるのは、厳しいものがあると思います。
 このような苦難の中で、16節にはこう歌われているのです。「昼はあなたのもの、夜もまたあなたのもの。あなたは光と太陽とを設けられた」。ここには、天地を創造された神の御業が歌われているのですが、それだけではなく、人生の昼と夜が歌われているとも読むことができるのではないかと思いました。
 昼は、人生の明るい時です。しかし、長い人生の中には、夜のような暗闇の中を過ごさなければならない時もあります。まさに「なぜ」、「いつまで」と訴えたくなるような時です。しかし、その「夜」もまた愛なる神の御手の中にあるというのです。ここに、「夜」の中にあっても私たちを支え、慰めてくださる神の恵みがあります。(島津)
posted by グロリアスチャペル at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月23日

研修会

 来週30日の礼拝後に、「クリスチャンとして人生を全うするために〜今から備えておくこと」というテーマで、教会で研修会を行います。今年は、どのような研修会をしたら良いかということを相談したところ、要望が多かったのが、このテーマでした。私たちが信仰をもって人生を全うするために、どんなことが大事なのかを、皆さんとご一緒に考えてみたいと思います。
 これまでの会堂では、スペースの関係上、棺の搬入搬出が難しいということで、教会では葬儀を行うことができませんでした。会堂が新しくなりましたので、教会で葬儀ができないだろうかという声を受けて、葬儀社の方と相談をしています。葬儀を教会で行う場合のことなどについても、お話ししたいと思っています。
 チラシにも書きましたが、クリスチャンの人生観は、どんなときにも希望をもって生きるということです。それは、この地上での人生の終わりの時にも、変わりません。このような人生を歩み抜くことができるために、今できる備えをしておくことは大事です。そして、それをご家族の方と共有しておくことも大切です。その意味でも、ぜひご家族の方もお誘いいただければと思います。復活の希望に生きることがどんなに素晴らしいことかを、改めて受け止める時となることを願っています。(島津)
posted by グロリアスチャペル at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月16日

まだ、これから

 ある本の中に、共産主義時代のソビエトの教会のことが書かれていました。当時は教会への弾圧があり、礼拝には老人しか集う人がいなかったそうです。ですから、もうすぐ、教会は消滅すると思われていました。ところが、不思議なことに、老人が次の老人に信仰のバトンを手渡すようにして、教会は存続し続けたというのです。そして、ついにソビエトが崩壊する時が来ました。そのとき、人生の指針と拠りどころを求めて、若者たちが教会に押し寄せて来るようになったというのです。
 私は、この話にいつも励まされます。神さまは、老人を用いてくださるのです。アブラハムは75歳、モーセは80歳のとき、神さまからの召しにあずかりましたね。神さまに用いられる新たな人生が、そこから始まったのです。もちろん、神さまは若者を用いてくださいます。少年サムエルを、そして若者ダビデを、神さまは用いてくださいました。しかし、神さまは若者だけでなく、老人をも用いてくださるのです。「まだ自分は若いから」と言ってしり込みをしていたエレミヤに、神さまは言われました。「あなたはただ若者にすぎないと言ってはならない」と(エレミヤ1:7)。同じように、神さまは言われます。「あなたは年を取りすぎていると言ってはならない」と。(島津)
posted by グロリアスチャペル at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月09日

地の深い所から引きあげ

 台風、そして地震と、災害が次々に襲ってきています。「神さま、助けてください!憐れんでください!」と叫びたくなります。被害に会われた方々の上に、主の守りと支えを祈ります。
 祈祷会で、詩篇71篇を読みました。20節に「あなたはわたしを多くの重い悩みにあわされましたが、再びわたしを生かし、地の深い所から引きあげられるでしょう」とありました。この詩人は、多くの重い悩みの中に置かれていました。とても自分では担うことができないくらい重い悩みに押しつぶされそうになっていたのでしょう。またその人は、地の深い所にうずくまるような思いの中にいました。絶望のどん底を経験していたのです。しかしその人は、その中で、「再びわたしを生かし」てくださる神を信じていました。そして、その神は、必ず、「地の深い所から引きあげ」てくださると信じていたのです。 今、苦難の中にある方々の上にも、この神さまの御手が力強く働いていることを信じます。
 また、18節にはこう歌われています。「神よ、わたしが年老いて、しらがとなるとも、あなたの力をきたらんとするすべての代に宣べ伝えるまで、わたしを見捨てないでください」。年老いても、次の世代に福音を伝えたい、という強い願いに生きているのです。スゴイです。(島津)
posted by グロリアスチャペル at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月02日

振起日

 最近はあまり言われなくなってきたように思いますが、教会では、9月の第一日曜日を振起日として守ってきました。今も、教会学校だけでなく、教会の礼拝を振起日礼拝として守っている教会もあります。
振起日とは、アメリカの教会が9月の第一日曜日をラリーデイ(Rally Day 再結集の日)として守ったことから来ているそうです。夏の間、キャンプや旅行などで出かけていた人たちが、9月になって、再び結集して、陣容を整え、さあ、収穫の秋、伝道の秋に向かって進んでいこうと奮い立つ日、それが振起日です。私たちの教会では、特に「振起日」という言い方はしていませんが、振起日の持っている意味は、今も、大事だと思います。夏休みボケしている頭も体も奮い起こして、心機一転、豊かな実りを目指して進んでいきましょう。
 9月には16日に、恵老感謝礼拝を行います。今年から、「敬老」の字を「恵老」に改めました。主が、ここまで守り支えてくださった恵みを感謝して、この礼拝をおささげいたしましょう。30日は、礼拝後に研修会を行います。こういうテーマでというリクエストに応えて、「クリスチャンとして人生を全うするために―今から備えておくこと」というテーマで、私がお話をすることになりました。乞うご期待、と言いたいところですが、乞う祈祷!(島津)
posted by グロリアスチャペル at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記