2019年05月12日

主は聖でいらせられる

 祈祷会で、詩篇99篇を読みました。ここには、繰り返し、「主は聖でいらせられる」という言葉が出てきます。
「聖」とは、すべてを超越しておられるお方、という意味です。そのお方が、すべてを治め、導いてくださっているのです。私たちは、目の前のことしかわかりません。ですから、思わぬ出来事に直面するとき、「どうしてですか」「なぜですか」と思ってしまいます。しかし、聖なる神さまは、すべてを見通して導いてくださってるのです。
詩篇99篇には、さらにこう書かれています。「その祭司の中にモーセとアロンとがあった。そのみ名を呼ぶ者の中にサムエルもあった。彼らが主に呼ばわると、主は答えられた」(6)。すべてを超越しておられるお方が、ただ高いところに留まっておられるというのではなく、地上でなされる祈りに耳を傾け、その祈りに答えてくださるというのです。高いところから降りて来てくださって、そこにみ業を行ってくださるというのです。人間の力には限界があります。でも、聖なるお方は、限界を超えたお方です。そのお方が小さな私たちの祈りに答えてくださるというのです。感謝をもって、心を熱くして、祈りましょう。(島津)
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2019年05月05日

つながる

 連休の前半、牧師館の固定電話とインターネットの回線がつながらなくなってしまいました。教会の電話も、夜間や休日は牧師館の方に転送される仕組みになっていますので、もしかしたら、教会に電話をかけたのにつながらないので、「どうしたのかな?」と思われた方がおられるかもしれません。
 NTTに問い合わせたら、休日にもかかわらず丁寧に対応してくださり、牧師館があるマンションの親元の機器が不具合を起こしているのではないかということで、それを取り替えてくださり、ようやく回復しました。
 メールはスマホで何とか対応できましたが、スマホの文字入力に時間がかかり(不器用なので)、それから、添付文書をチェックするのには画面が小さいので、ちょっと大変でした。普段、あたり前のように生活していることも、いったん不具合が生じると、あたり前と思っていたことが、実は有難いことなのだということに気づきますね。
イエスさまは、「わたしにつながっていなさい」(ヨハネ15:4)と言われましたが、電話やネット以上に、イエスさまとつながっているということが、何よりも大事なことですね。イエスさまの声をこそ、聴き続けたいと思います。(島津)
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2019年04月28日

「地に平和を」

 イースターの祝いの日に、スリランカで悲しい出来事が起きてしまいました。スリランカの福音同盟から日本福音同盟に以下の報告が届きましたので、ご紹介します。
 「日本の皆さんの関心とお祈りを感謝申し上げます。私たちスリランカ福音同盟は被害に遭われた家族に励ましとサポートを提供するために、この事態に対応しようと努力しています。バティカロアの爆発では、地区スタッフの2家族の子どもたちが巻き込まれ、犠牲となりました。バティカロアでは多くの子どもたちが犠牲となっています。ちょうど日曜学校が行われていた区域が爆破されたからです。私たちはこの東部地区の家族の葬儀のために支援をするよう要請を受けています。できる限りの対応をしたいと思っています。また各地域に冷静さを保つように伝え、今回の出来事に対する反動が起こらないようにと努めています。どうぞ私たちのためにお祈りください。私たちと連帯して共に立ってくださっていることを感謝しつつ」。
 この事態の中で、「冷静さを保つように」「反動が起こらないように」という言葉に、感銘を受けました。「地に平和を」との祈りに心を合わせたいと思います。(島津)
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2019年04月21日

「イースターを迎えて」

主イエスのご復活を祝う、イースターを迎えました。
 昨日(20日)は、受難週早天祈祷会の後に、有志の方々がイースターエッグを作ってくださいました。きれいなシールを張って、色とりどりのイースターエッグができました。お帰りのとき、お好きな色とデザインのイースターエッグをお持ち帰りください。お家におられるご家族の分もありますから、ご家族へのお土産としても、どうぞ!
 お祈りいただいた私の白内障の術後の経過も順調で、感謝しています。視力が安定するまでに一か月くらいかかるそうで、それから新しいメガネを作った方が良いということで、先週はそれまでのために仮メガネを作っていただきました。話には聞いていましたが、手術をすると良く見えるようになるものですね。大げさな表現のようですが、世界が明るくなった感じ、まさによみがえりです。
 イエスさまが盲人の目を癒してくださったとき、それが安息日であったため、それを非難したパリサイ人たちに、イエスさまは言われました。「今あなたがたが見えると言い張るところに、あなたがたの罪がある」(ヨハネ9:41)。ボヤっとしか見えていないのに見えると思っている、これは他人ごとではないなあ、と思いました。(島津)
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2019年04月14日

心の目を明らかに

お祈りいただきました私の白内障の手術(右目のみ)ですが、11日に無事、終わりました。翌日の検診でも、経過は良好とのことで、安堵しました。しばらくは、目の保護のためにゴーグルをかけたり、3種類の目薬を1日に4回、つけたりと、やや不自由な生活となりますが、視力はだいぶ回復して、感謝です。
 それにしても、目の水晶体を取り除いて、人工のものを入れるのですから、凄いことですね。事前に、こういう手術になりますというビデオを見たのですが、目の下のところをメスで少し切って、そこから…というのを見ただけで、気の小さい私はドキドキしてしまって、手術中も、お医者さんから、「肩に力が入っていますから、リラックスしてください」と言われてしまいました。聖書に、「小心な者を励まし」(Tテサロニケ5:14)とありますが、私のことだなあ、とつくづく思いました。
 パウロは、「(父なる神さまが)あなたがたの心の目を明らかにして下さるように」(エペソ1:18)と祈っています。肉の目が癒されることも素晴らしいことですが、心の目を開いていただいて、神さまが与えてくださる恵みがどんなに素晴らしいものあるのかを、もっともっとよく見つめつつ、歩んでいきたいですね。
(島津)
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2019年04月07日

新しい歌を主にむかって

4月を迎えました。進学、進級、新しい職場等々、新たな一歩を踏み出した方もいらっしゃいますね。特に変わりはないという方も、4月になると、何となく新たな思いを胸に抱くのではないでしょうか。
 祈祷会で、詩篇96篇を読みました。冒頭に、こう歌われています。
「新しい歌を主にむかってうたえ。全地よ、主にむかってうたえ。主にむかって歌い、そのみ名をほめよ。日ごとにその救いを宣べ伝えよ」。
イスラエルの民は、長く、バビロンに連れて行かれていました。そのバビロンが倒れ、彼らは祖国に帰ることができたのです。そこに彼らは、全世界を治めておられる神さまの偉大な力を見たのでした。神さまの偉大さを新しく知らされた彼らは、新しい心でこのお方を力いっぱい賛美したのです。
また、ここには「主にむかって」という言葉が繰り返し出てきます。賛美は、人に向かってするものではなく、「ただ主のみを見上げて」(新聖歌50番)ささげるものです。神さまがどんなに素晴らしいお方であるかを日々、新しく教えていただいて、新鮮な心で、主に向かって賛美をささげる、そんな新年度の歩みとさせていただきたいですね。
4月からの新たな歩みの上に、主の祝福を祈ります。(島津)
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2019年03月31日

教団総会・年会を終えて

皆さんの祈りに支えられて、3月15日〜16日の教団総会、そして、25日〜27日の教団年会を終えることができました。感謝いたします。
 特に今回の総会では、長年の課題となっていました、教団の名称・創立年の問題で、大きな決断をいたしました。具体的には、「日本ホーリネス教団」という名称を引き続き用いるということ、そして、教団の創立年を1901年から1949年に改めるということです。詳しくは、本日、皆さんにお配りした文書をお読みください。
 教団総会で、このことを審議したとき、総会代議員の皆さんが活発に意見を出してくださり、まさしく、みんなで作り上げた決議文となりました。他人事、他人任せ、ということではなく、自分たちのこととして、神様の前に、私たちの教団がどうあるべきなのかということを話し合い、祈り、決めることができたのです。それは、とても嬉しいことでした。
 さて、年会の最終日に行われた聖別派遣式で、新年度の任命が発表され、牧師たちは新たな思いでそれぞれの任地(教会)に遣わされていきました。今年は、3名の方々が東京聖書学院を卒業して教団に加入されました。新年度の各教会の歩みの上に、主の祝福をお祈りください。(島津)
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2019年03月24日

東京聖書学院卒業式

3月20日に行われた東京聖書学院の卒業式で、理事長という立場上、祝辞を依頼されていましたので、卒業生に3つのお勧めをさせていただきました。
@「わたし自身が一緒に行くであろう」(出エジプト33:14)のみ言葉を贈りました。モーセが神さまに、「行くべき道を教えてください」と願ったとき、神さまは、「わたし自身が一緒に行く」と約束してくださいました。道に迷ったとき、道を教えてもらうだけでも助かりますが、「一緒に行ってあげる」という人がいたらどんなに有難いことでしょう。神さまがいつも一緒にいてくださる、この信仰に立って歩んでいきましょう。
Aユーモアを大切に。自分の失敗を自分で笑うことができたら楽になります。人の失敗をユーモアで包んだら潤いのある関係が作られていきます。トゲトゲしさが増す社会の中で、ユーモアを大事にしましょう。
B困ったときには、「助けて」と言おう。自分一人で抱え込まないで、困ったときには、「助けて」と言う。それは決して恥ずかしいことではありません。
 こんな話をしてきました。卒業は、出発のとき。新たな一歩を踏み出す一人ひとりに祝福を祈ります。
(島津)
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2019年03月17日

「科学者はなぜ神を信じるのか」

「科学者はなぜ神を信じるのか―コペルニクスからホーキングまで」(三田一郎著 講談社ブルーバックス)という本を読みました。著者は、素粒子論の研究者で、現在は名古屋大学名誉教授、そしてユニークなことに、カトリック教会の助祭でもある方です。
 「雪の結晶には一つとして同じものがない。実に不思議だ。なぜこんなものが存在するのだろう」という疑問に、「神様がお作りになったのだ」と答えるのは、人間の進歩を止めてしまう思考停止だ、という批判が寄せられる。それに対して、三田さんは、最初から神様を持ち出すのは、確かに思考停止だと認めます。そして、「しかし、最初にではなくとも、最後には神の存在を信じるというのが私の立場です」と言われます。
 どこまでいっても、宇宙をすべて理解した、と言いきることは決してできない。すべてを理解したと言い切ってしまうとしたら、それこそが思考停止であり、傲慢な態度だ。宇宙を理解しようと思って一歩でも近づこうとする。これが大事。「科学者とは、自然に対して最も謙虚な者であるべきであり、そのことと神を信じる姿勢とは、まったく矛盾しないのです」と言われます。2階の貸出用書棚に置いておきますので、興味のある方はどうぞ。(島津)
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2019年03月10日

ぶどうの会(2)

先週のぶどうの会は、いかがでしたか。礼拝で共に聞いた聖書のみ言葉を、自分がどう聞いたかを話していただきました。自分で話をしてみると、自分の中で何を聞いたのかが、まとまってくると思います。「今朝は、これを聞いたんだ」ということを、自分でつかむことができたら幸いです。
 また、人の感想を聞くことによって、「こういう受け止め方もあるんだ」ということに気づいたりしますね。自分一人で読んで、聞いていたのでは気づかないことに気づかせてもらえる。これが、グループで分かち合う醍醐味だと思います。ぶどうの会の中で、この楽しさを味わうことができたら最高です。
 辻堂教会の成長、成熟ということを考えるとき、ぶどうの会の分かち合いの質がどのようであるかということが、一つのバロメーター(現在の状態をさし示す目じるし)になると思います。そして、教会の成長、成熟ということは、誰かがやってくれるということではなく、一人ひとりの取り組む姿勢にかかっています。初めて参加した方も、「こんな会だったらまた参加したい」というぶどうの会にしたいですね。
「見よ、兄弟が和合して共におるのは、いかに麗しく楽しいことであろう」(詩篇133:1)。(島津)
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